王羲之の「蘭亭序」といえば、行書を学ぶ際には必ずといっていいほど誰もが臨書する作品でしょう。

そこで、第一回目として「蘭亭序」の内容について、書かれた経緯・背景を含めてお話しましょう。


 「永和九年、歳在癸丑、暮春之初、會于會稽山陰之蘭亭、修禊事也」で「蘭亭序」は始まります。

これは永和九年三月三日、會稽山陰の蘭亭(注1)に集まり、禊ぎ(注2)を行きなったことを記しています。

中国では陰暦三月の初めの巳の日(三日)、流水の畔で禊ぎをして、一年の不祥(注3)を祓う風習がありました。

王羲之はこの禊ぎのために自分の息子を含めた当時の名士四十一人を會稽蘭亭に集めました。

曲水に觴を浮かべて禊事(注4)を行いましたが、

その際、觴が自分の前を通過するまでに一人一首詩を賦し、できた人は觴の酒(注5)を飲むという趣向を取り入れました。出来上がった

詩について序文を書いたのが「蘭亭序」です。爽やかな天気、豊かな自然の下、温かい風に吹かれながらそれぞれの想いを詩に綴ったこ

の出来事を後世に残すべく記したと王羲之は書いています。

 後に、曲水宴として三月三日には 流觴の遊び(注6)が貴族たちの間で行われるようになりましたが、王羲之の行った蘭亭会がその

始まりなのです。

注1:(かいけいさんいんのらんてい)會稽は現在の浙江省紹興県のことです。山陰とは山の北側を指します。
    そこを流れる川のほとりに蘭渚という地があり、あずまやがあったことから蘭亭というようになりました。

注2:(みそぎ)水辺で身を洗い清めて厄落としをすること。陰暦3月の上巳を春禊、7月14日を秋禊といい年に
    2度行われます。

注3:(いちねんのふしょう)一年間に起こった出来事を振り返り厄落としをする。日本で歳末に行うすす払いのようなこと。

注4:(けいじ)禊ぎのことを漢語ではこういいます。

注5:(さかずきのさけ)觴は酒が入っている花瓶に近い形の器(三升入る)。

注6:(りゅうしょうのあそび)曲がりくねった川に盃を流して、詩を作った貴族の遊び。
   基は自然の川を利用していたが、後には長安のような城壁で囲まれた中に人工的に川を作ってそこで遊んだ。
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上巳とは、日本でいう 桃の節句、 三月三日のことです

第一回  蘭亭序の話〜上巳の節句と貴族の遊び〜