さて、みなさんもお持ちだと思いますが、雅号というものも存在します。日本ではペンネームのように思われていますが、

「号」とは中国ではおおよそ唐以降に使われたもう一つの名(別字)です。文人が自分の暮らした場所、所縁の地にちなんで

つけることが多かったようです。蘇東坡の「東坡」とは、彼が黄州に流された時に暮らしていた地名に因んでいます。蘇軾の場

合は字の子瞻よりも号で東坡という方が日本では一般的です。これは平安時代には字を用いる用いることが一般的であった

のに対し、室町時代以降、号を使うことが普通になったことに関係しています(注3)

 江戸時代までは本名の他に字や号、一人でいくつもの名前を持つことが認められていましたが、明治時代になり戸籍が整

備されると、戸籍上の名前以外の使用が禁じられました。これに反発する形で知識人階級に雅号を使用する風が起こり(夏

目漱石や森鴎外など)、作家のペンネームや習い事などをする際に使われる形で現在まで残っているのです。



 注1:人が亡くなると諡(おくりな)をつけ、生前の名を呼ぶことを避ける、すなわち死者の名を避けるという意味で諱といいま    した。これは周時代から始まったと言われています。秦漢以降、生前の本名を直接呼んだり書いたりするのを憚り、     それが 礼として定着しました。
 
 注2:孔子を例にみておきます。
    孔子は本名を孔丘といい、字は仲尼です。仲尼は彼の生地、曲阜尼山の「尼」から来ています。上から二番目であった    ことから「仲」、つまり「尼山の二男」という意味です。男子の字は生まれた順によって命名されることがありました。「伯    仲叔季」は順番を表します。「白眉で有名な馬超は五人兄弟でしたが、字は上から順に伯常、仲常、叔常、季常、幼常    といい、みな「常」という文字がつきました。馬超は季常で「泣いて馬謖を斬る」で知られる馬謖は幼常です。だから「馬    氏の五常、白眉最も良し」と言われたのです。

 注3:五山文学全盛時代には、禅寺に欠かせないものとして「東坡・山谷・味噌・醤油」といわれました。
第二回 「諱」と「字」と「号」の話  〜一人にいくつもの名前〜              戻る   


  宋代の文人で蘇軾という人がいます。彼の作品を臨書したことがある、彼の詩を使って作品を書いたことがあるという方

もいらっしゃるのではないでしょうか。ところで、蘇軾のことを蘇東坡とも言いますがどちらが本名かご存知でしょうか。「蘇」

は姓ですが、「軾」が本名、「東坡」は号です。(実は「子瞻(しせん)」という呼び方もあるのです。)中国では古くから一人にい

くつもの名前がありました。今回は、この複数の名前についてお話しましょう。

 本名のことを諱(いみな)と言います。諱むべき名ということから命名されましたが、これは相手の本名を呼ぶのは失礼に

なるという考え方から来ています(注1)。そこで生まれたのが通称とも言うべき名で、これを字(あざな)と言います。字は諱

に関連づけて成人する際につけられました(注2)。日本でも平安時代、貴族の間では字が使われていました。平安時代の

文学に大きな影響を与えた唐代の詩人、白楽天は日本では本名の白居易よりも字の白楽天の方が、また『三国志』に登場

する諸葛亮は諸葛孔明という言い方が一般的で通りがよくなっています。